どうする明治用水。水中ドローンで漏れを調査。水中コンクリートで応急復旧を施すか!?

sugitec

概要

愛知県の矢作川から農工業用水を引き込む堰の施設「明治用水頭首工(とうしゅこう)」(同県豊田市)で起きた大規模漏水から緊急復旧を想定した経過記事を公開。
※また、後日談のこちらのブログ記事も、お読みくだされば幸いです。
https://www.innovation.sugitec.net/38399/

これまでの経緯と今現在の現場

2022年5月18日。愛知県豊田市。
農林水産省東海農政局は、取水施設「明治用水頭首工」で大規模な漏水が発生していることを表明。
同日18時には、矢作川からの取水ができない状態に陥る。
東海農政局は仮設のポンプを設置するなどして対応に当たったが、18日4時45分ごろには全く取水ができなくなった。

GoogleMapから俯瞰してみても、水あるところに文明ありのごとく、明治用水頭首工を起点に真横には広大なトヨタ自動車の工場群が広がり、下流には岡崎平野を母体とした水田が広がる産農融合地帯。
この明治用水からは、西三河地域の12の自治体にある131の事業所に工業用水を供給している。
多くは隣のトヨタ自動車をはじめとする自動車関連の大企業の事業所のため、DENSO、東海理化、ジェイテクト、愛知製鋼へと影響が出ている。

そして、今は田植えの時期に当たるため、豊田、安城、知立など7市の計4,490ヘクタールが明治用水を利用している。
JAあいち三河は「水が来ないと苗が枯れる」と陳情。
特に岡崎市と幸田町は、お米の栽培が盛んな地域で、ブランド化をスタートさせたばかりの「コシヒカリ」、「あさひの夢」、「あいちのかおり」、「ミネアサヒ」の4品種の収穫量に影響は甚大であろう。
田植えは年一度しかない農作業。農家さん達の心中を察するといたたまれない気持ちになる。

東海農政局農地防災事業所は取材に応じ、
「去年12月に、せきの下流側で水が噴き出しているに気づき、穴を塞ぐなどの対策をとっていた。しばらくは安定していたが、5月15日に水が濁っているのに気づいた」とこれまでの経緯を説明。
5月18日夕方、トヨタ自動車は本社工場を一部で停止。
本社工場でつくる部品は、グループの豊田自動織機の長草工場で完成車として組み立てられるが、トヨタからの部品が届かなくなるため、豊田自動織機の工場でも2ラインを19日朝から停止。
同日13時、大阪ガスの中山名古屋共同発電名古屋発電所も停止に至っている。
5月21日には農業用水の供給再開準備を開始。22日では各地からポンプ車が集まり、水資源機構やゼネコンも協力。愛知県が管理する河川から用水への取水も始まった。
設置ポンプ109台とポンプのさらなる設置による工業農業用水の確保と漏水箇所の早期の応急復旧を取り組む応急策で、組織を超えた総動員態勢である。

しかし、修復工事には、矢作川の水をせき止める必要があり、用水インフラの正常化には相当な期間を要すると思われる。
民間気象会社ウェザーニューズによれば、昨年の東海地域の梅雨入りが6月13日(平年は6月6日)。
なおかつ、矢作川は有史以来、降雨時には激しい流れにかわるため、近年は東海地域での線状降水帯の発生が頻発しており、復旧工事中に大広域冠水を引き起こしかねない大きなリスクも潜んでいる。
事態は迅速かつ的確に復旧工程を踏まなけばならない。

明治用水頭首工とは

土砂で形成された平野で水田に適さない不毛の地といわれた愛知県西三河地方の碧海(へきかい)台地は、矢作川から取水した用水によって一大水田地帯に生まれ変わる。

この明治用水は現在、明治本流、東井筋、中井筋、西井筋、鹿乗井(かのりい)筋の五つの幹線水路からなり、安城市を中心に西三河地方の8市を潤し、工業用にも利用されるわが国有数の農業用水である。
河川から用水を水路に引き入れるための施設を総称して頭首工というが、明治用水旧頭首工は1909(明治42)年、人造石(じんぞうせき)により完成する。

旧頭首工運風景(土木学会誌より) 

日本の左官技法である「たたき」は、風化花崗岩と消石灰に水を加えてよく練り、突き固め、たたき締めて積みあげていくものである。その表面を自然石で張り石構造にして強度を高め、土木構造物に応用したのが「人造石」である。
人造石は、時間が経つと炭酸ガスを吸収して元の石灰石のように硬くなる特質を有し、鉄筋コンクリート工法が普及するまでの過渡期の技術として、明治中頃から大正期にかけて、港湾の防波堤、護岸、用水路に広く用いられた。
この人造石を生み出したのが、三河国碧海郡北大浜村(現・愛知県碧南(へきなん)市)出身の服部長七である。

幕末に起草した都築弥厚翁の計画を明治維新後、岡本兵松・伊豫田与八郎らが引き継ぎ、殖産興業に同調した愛知県も積極的に協力した結果、1879(明治12)年に着工、1884年に明治用水は完成する。

1880(明治13)年初通水時には、粗朶(そだ)沈床により築造された1819mに及ぶ導水堤から取水していた。しかし、洪水の不安解消や取水量の増量が強く要求され、1901(明治34)年明治用水普通水利組合は、矢作川を横断する取水堰の建設をすることにした。

服部長七が請け負った工事開始の1901(明治34)年、早くも116mの取水堰が完成し、その後に建設された船通し閘門(こうもん)、第一樋門など付属施設の工事を経て、1909(明治42)年に頭首工が完成にいたる。
以後、下流の鉄筋コンクリート造の現頭首工が完成する1958(昭和33)年までの約50年間、旧頭首工は矢作川の水勢に耐え、その役目を果たしたのである。

初代は人造石という特徴的な材料を用いて築造されたわが国初期のアーチ式大規模取水堰であり、近代的頭首工の先駆けであったことをみても、地域にとってかけがえのない土木遺産なのである(JSCE土木学会より)。

その土木遺産の歴史を引き継ぎ、1958年に完成した現頭首工は農林水産省により国営かんがい排水事業の一環として建造される。

その後、河床低下や洪水その他の諸条件の変化に対応するため護床、護岸、ゲートの補強、操作施設の増強が昭和53年度から昭和58年度まで国営かんがい排水事業と愛知県水道用水供給事業との共同事業で整備され、この地に農業、やがては工業の飛躍的な発展に貢献し、現在にいたる。

そして、今、建造されて64年も経ている現頭首工は三代目を望むかのように、漏水というかたちで悲鳴をあげている。

漏れの根源を正確に特定するのが、復旧への一歩

現状を地方紙から見てみましょう(中日新聞5/25)。

断水していた農業用水の供給再開に向けた準備は整いつつあるが、
漏水の原因となっている堰の底部の穴をふさぐ復旧工事については全くめどが立っていない。

工事関係者からは、原状回復まで「年単位での長期化もあり得る」との声も上がる。
「原因は現時点で不明であり、引き続き検査・検討を行う」。
金子原二郎農相はこの日の閣議後の記者会見で、こう語った。

一刻も早く農業用水の供給を再開しようと、矢作川からポンプで水をくみ上げ明治用水に流す作業を最優先にして対応している。そのため、原因究明どころか穴をふさぐ復旧工事についても、現時点で全く着手できていないのが実情。
所管の東海農政局によると、今回の漏水は上流側と下流側の川底で、コンクリートと土砂の境目部分に穴が開き、地下でつながったことで生じているとみられる。

また、19日付けの毎日新聞には、

大規模な漏水が発生した原因について、河川堤防に詳しい名城大の小高猛司教授(地盤工学)は、
大雨で水位が高くなった河川で、地下や堤防に染み込んだ水が土を押し出して地表から湧き出る
パイピング現象」が起こった可能性が高いと指摘。

小高教授によると、パイピング現象で地中に水の通り道ができ、一気に水の流れが加速して川底の土砂を削り取る。台風や豪雨の際に堤防決壊などにつながるケースも多いという。

明治用水頭首工は、花崗岩礫の上にコンクリートの底が接している構造のため、
「砂とコンクリートの境界に水の通り道ができやすい」
今後の対応は「止水壁を作ることになると思うが、また新たな水の道ができる可能性もある。
長年かけて道ができるので今回のような漏水に至る兆候はつかみづらい」と語った。

東海農政局の担当者もパイピング現象について「原因の一つとして考えられる」と。
せきの上流と下流部の川底にそれぞれ穴が見つかり、地下でつながっているとみられる。
また、漏水の原因として設備の老朽化の可能性をあげた。
頭首工下部の地中には漏水を防ぐための金属製の板が埋め込んであるといい、
「この板が経年で腐食したり、傾いたりして隙間ができ、水が漏れたのではないか」と指摘。
「川底の土中にあるので、異常の点検や確認、発見は技術的に難しい」と答えている。

原因究明どころか穴をふさぐ復旧工事についても、現時点で全く着手できていないのが実情という
ところからも、取水施設の川底に大規模な穴が開くような今回の事態は関係者にも想定外のことだろう。

公開されている明治用水頭首工上空からのドローン写真で漏水の発生地点と噴出地点は水勢から目視で確認できるところから、農政局、専門家ともに漏水原因の見解は近い。

上流❶から下流❷へ漏水している。(中日新聞より)
中日新聞より

次は水中部で、どうのように広範囲で漏れているかを確認しなければ、復旧は進まない。

そこで調査機材として登場するのが、「水中ドローン」だろう。

エビデンスのために、一般社団法人建設コンサルタンツ協会の河川分科会の
河川の維持管理での水中ドローンの活用を引用する。

一般社団法人建設コンサルタンツ協会近畿支部がインフラメンテナンス研究委員会最終報告会の河川分科会では、「自治体が利用しやすい維持管理マニュアルの作成」をテーマとして3年にわたり活動し、河川の維持管理法を公開している。
https://www.kk.jcca.or.jp/infra/pdf/210921/infra02.pdf

低コスト機材を用いた現地での点検実施により、従来の点検手法(ポール点検や潜水士点検)と
低コスト機材(水中カメラ・ラジコンボート・水中ドローン)を用いた点検手法の得失を確認し、
水中部の点検方法を検討する際に参考となる指標を提案している。
簡単に抜粋して以下になる。

大河川の水深が浅い場合は、目視点検も可能であるが、非常に手間がかかる。
水深が深い場合は、目視点検は不可能なので、ラジコンボート、水中ドローンは、無線ないし有線の届く範囲であれば調査可能で、比較的効率的である。さらにグリーンレーザであれば、幅6m以上の橋脚等の障害がなければ、最も効率的である。経年的に変化を確認することで、洗掘箇所が把握でき、対策を行えば、被害を未然に防ぐことが可能。

とあるように、明治用水頭首工の現場には適任ではないだろうか。

取水施設を挟んだ急流もあり、深さも未知数、長時間の捜査時間を要するに耐えうる水中ドローンはあるのだろうか。

産業用水中ドローン(ROV)「MOGOOLシリーズ」

ここで候補に挙げるのは、電子部品・機器、フィルム加工の開発・試作・製造を担うJOHNAN株式会社(京都府宇治市)が開発した産業用水中ドローン(ROV)「MOGOOLシリーズ」を候補にできるだろう。

資料:JOHNAN株式会社 https://www.johnan.com/rov-mogool/

同機種は漁業関連、マリコン・土木業関連、測量・建設コンサルタント業関連、研究関連(水産資源調査、沈没船調査等)の様々な業界分野で稼働している。

特に水中土木業(海洋・港湾・水中)関連から測量・建設コンサルタント業関連に強さを発揮している。
例えば、海洋・護岸等工事出来高検査・品質調査、海洋建築物・洋上構造物点検(腐食、破損、亀裂、劣化、土砂堆積等)、船舶点検(船底、船体、スクリュー、アンカー等)、海底ケーブル観察、
ダム・貯水池検査、水中構造物点検、灯浮標保守点検、取水・排水管路施設点検調査、海底・湖底測量という実績から、充分に明治用水頭首工の現場で原因の箇所をつきとめる役割を担えるだろう。

これらの用途を可能にしているのは、バッテリーが給電方式であり稼働時間の制約なく、最大深度1,000mまで浸水可能な性能にある。
さらに高い総出力、前後・上下だけでなく横移動もできる安定した姿勢調整機能を持つために潜水速度が速く、また海流や波に強いために精度の高い観測・測量・作業が可能。
産業用に適した鮮明なフルハイビジョン映像を撮影でき、直感的に操作ができるため、初心者でも簡単に操作ができることも現場には大きな助けとなってくれるだろう。

応急復旧資材、水中不分離性コンクリート「ハイドロクリート」

正確な漏水箇所と状態を確定したと仮定して、次の段階は工業用水や農業用水にまわせる水量を維持しつつ、明治用水頭首工から上流にある6つのダムの流水を管理して、支流河川へと水量を分散させ、地質調査のもと、漏水エリアを鋼管矢板の止水柵で囲い、河川の流動を抑えて、水中コンクリートを打設するのではと考えられる。

その候補として1979年に国内初の水中不分離性コンクリートとして誕生し、これまで多くの港湾、漁港、河川を始めダム工事などにも実績のある「ハイドロクリート」が候補にあがるだろう。

ハイドロクリートは西ドイツから技術導入し、鹿島建設が三井石油化学工業(株)(現、三井化学(株) )と日本海上工事(株)とともに、国内の材料を用いて開発した日本初の水中不分離性コンクリートである。

資料:鹿島建設株式会社 https://www.kajima.co.jp/news/digest/aug_2014/feature/question2/index-j.html

このハイドロクリートは水中不分離性混和剤を通常の材料に添加することでコンクリートに高い粘性と流動性を付与したもので、材料分離に対する抵抗性と狭い間隙などへの充てん性に優れ、水中に自由落下させても水質汚濁を極めて小さく、トレミー工法やポンプ圧送などと組み合わせることで空気中で打設する普通コンクリートと同様に、均質かつ所定の強度を発現する。

それまで水中において構築が難しかった薄くて広い部材や高品質の鉄筋コンクリート構造物などを構築することが可能。また、工事の簡略化や工期の短縮を実現できるとある。

開発以来、ハイドロクリートは明石海峡大橋や来島海峡大橋など多くの海洋構造物や河川内の基礎構造物に適用され、2005年度末までに約70万m3の施工実績を有していることからも最適な資材と言えるでしょう。
さらに、長期耐久性を確認するため,1985年から海中に試験体を設置して20年にわたる暴露試験を行い、この試験で耐力が低下していないことが明らかになっていることも心強い緊急資材といえる。

結びに添えて

しかし、ここで候補にあげた工程は、卓上の空論でしかない。
用水供給の応急策は施されているが、本格復旧のめどはいまだ未定…。

明治期から高度経済成長期にかけて整備された水インフラ施設は全国に点在している。
老朽化対策や耐震化は積年の課題だが、国や自治体の財政難に加え、さらにウクライナ情勢を発端とした原材料費の高騰で資材調達にも影響がどの現場にも表面化してきている。

明治用水頭首工での大規模漏水は、日本の自動車産業の将来と中京地域の農業圏の存続に直結した緊急事態であることを認識しなければならない。
この復旧に向き合わなければ、日本経済や国内食料自給にも影響をおよぼしかねないだろう。

平常化まで周辺の企業や農家、市民、自治体に一時的な忍耐と協力を必要となるだろうが、県や国土交通省の指揮のもと、日本の土木と建設の総力を持って最新の知見や工法で全面復旧を願うばかりです。

参考・関連情報・お問い合わせなど

□中日新聞:https://www.chunichi.co.jp
□毎日新聞:https://mainichi.jp/
□読売新聞:https://www.yomiuri.co.jp/
□株式会社ウェザーニューズ:https://weathernews.jp/s/news/tsuyu/
□JAあいち三河:https://www.ja-aichimikawa.or.jp/

□東海農政局:https://www.maff.go.jp/tokai/press/nochi_seibi/220522.html
□一般社団法人 建設コンサルタンツ協会 近畿支部:https://www.kk.jcca.or.jp/
□JSCE土木学会:https://www.jsce.or.jp/

□JOHNAN株式会社:https://www.johnan.com/
リリース記事:https://www.johnan.com/rov-mogool/

□鹿島建設株式会社:https://www.kajima.co.jp/
リリース記事:https://www.kajima.co.jp/news/press/200704/13c1fo-j.htm
リリース記事:https://www.kajima.co.jp/news/digest/aug_2014/feature/question2/index-j.html

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